First Set / Cedar Walton

First Set

ジャズ・ピアニスト、シダー・ウォルトンが亡くなった(NYTの記事)。79歳。同世代のスター・ピアニストたち――たとえばウィントン・ケリーやボビー・ティモンズ――の多くが早世したことを思えば、まあ大往生の部類であろう。後には膨大な録音が遺された。

「年齢やスタイルを問わず、今現役で活躍しているジャズ・ピアニストのうちで、いちばん好きな人を一人あげてくれと言われると、まずシダー・ウォルトンの名前が頭に浮かんでくるわけだが、僕と熱烈に意見をともになさる方はたぶん(もし仮におられたとしても)かなり数少ないのではないかと推測する」と村上春樹は書いていたが(『意味がなければスイングはない (文春文庫) 』)、光栄にもと言うべきか、私も村上と同意見である。村上はよほどシダーのことが好きらしく、一般的にはそれほど知名度が高いとは言えないこのピアニストについて、同書ではわざわざ一章を割いて熱く語っていた。同じところで村上は、シダーのことを「野球選手でいえば、パシフィック・リーグの下位チームで6番を打っている二塁手――あくまでたとえばだけど――みたいなもの」とも述べていたが、なかなかうまいことを言うものだ。実力はあって玄人受けはするが、いかんせん地味、といったところか。

最晩年までコンスタントに活動を続けたシダーだが、今になって振り返れば、彼が最も輝いていたのは70年代だったような気がする。この時期のシダーのリーダー作はどれも素晴らしい。テクニックや作曲能力は若いころから高く評価されていたが、当時の彼の演奏からは、漲る自信というか、内的な充実が強く感じられる。繰り出す一音一音が力強いのだ。このころ開発されつつあった新しいハーモニーやフレージングも結構取り入れているのだが、一方でハードバップ以来の伝統と言うか、いかにもジャズとしか言いようがない黒っぽい「旨み」も濃厚に感じられる。一言で言えば、このころのシダーには華があった。

後年はピアノ・トリオでの活動が基本となったシダーだが、このころはクリフォード・ジョーダンやジョージ・コールマン、あるいはボブ・バーグといった、それなりにアクの強いサックス奏者が入ったカルテットでの演奏が多く、それが音楽的な自由度を高めていたと思しい。シダーには堅実な伴奏者というイメージが一生ついて回ったが、それが適切だったかはさておき、フロントに管楽器等を入れて脇に回ったほうが好き放題に弾けて、かつアレンジの才が発揮しやすいということはあったと思う。トリオでの演奏も確かに優れたものではあったが(私がむかし生で見たのもトリオだった)、ベースにサム・ジョーンズかデヴィッド・ウィリアムズ、ドラムスにビリー・ヒギンズとメンツがほとんど固定されていたこともあり、ややpredictableだったことは否めない。老成と言えば聞こえは良いが、ようするに「渋く」なりすぎてしまったのである。まあ、のんびり渋茶を啜る愉しみ、というのも、確かにあるにはあるのですけれども。

個人的に良く聴いたシダーの作品は、やはりこの『First Set』ということになろうか。1977年の秋、当時売り出し中の新鋭ボブ・バーグを擁するカルテットでコペンハーゲン「カフェ・モンマルトル」に出演した際のライヴ・レコーディングで、続編に『Second Set 』『Third Set 』も出ているが、どれも甲乙つけがたい出来映えだ。演奏自体も熱気に溢れているし、随所に配された自作曲も素晴らしいのだが、特にこの3枚に関してはアレンジャーとしてのシダーの才能が遺憾なく発揮されていて、手垢のついた曲であってもひとひねり加えることで新鮮に仕立て直していて驚かされる。たとえばファーストではセロニアス・モンクの名曲「Off Minor」を実にうまく換骨奪胎しているのだが、バーグのほとんどやけくそのような爆裂吹きまくりもカッコいい。

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