ジャズにおける緊張感について

書けというリクエストがあったので、〆切をとうに過ぎている原稿が他に三つもあるというのにここにしたためるのである。というか、よくよく考えてみたらヤバイのは三つどころではないのであって、いよいよ鬱が深まった。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ジャズにおける緊張感についてしばらく考えている。「緊張感」というのが適切な表現かどうか分からないのだが、とりあえず私はそう呼んでいる。「凄み」も有力な候補である。音楽学や音響生理学の世界ではもっと適切な表現があるのかもしれない。英語に訳せと言われれば、おそらく私ならintensityとするのではないかと思う。tensionというと別の意味に取られそうだし…。

私は緊張感のある音楽が好きだ。ジャズ以外にも緊張感に満ちた音楽はいくらでもあるのだが(グレン・グールド、ボブ・ディラン、アストル・ピアソラらがすぐに思い浮かぶ)、これまでを振り返ると、ジャズは他の音楽に比べて緊張感ある音楽の含有率が高かったように思う。というか、おそらくある時期までは、ジャズメンのコミュニティの中で、緊張感は演奏者の能力の評価、音楽の質の評価において大きな部分を占めていたはずなのだ。ある人にはあるし、ない人にはない。そこには厳然とした、階級の差のようなものがあった。

優れたピアニストであり、めっぽう筆が立つ評論家(ということは、地球上で最も不幸な人間のひとり)でもあるイーサン・アイヴァーソンは、昔ブログで「Almost all of those bassists who I love best in Afro-American jazz have that kind of dark, at times downright unsettling flame」と述べていた。これは黒人の鬼才ベーシスト、ウィルバー・ウェアについての文章の一部だが、「ある種の暗く、時に人を不安にさせるような情熱」という表現は、私の言いたいことをうまく表現している。ウェアに限らずかつてのある種のジャズメンの演奏からは、そういった不穏な雰囲気、表現の異常な力強さのようなものが感じられるのだ。それを私は緊張感と呼んでいるのだが、おそらくアイヴァーソンは私と同じようなことを考えていたのではないかと思う。というのも彼は同じ文章で、自分も含め、今のジャズメンの多くにはそういうものはない、だから自分たちの音楽はもう「ジャズ」と呼ぶべきではないのかもしれない、と言っているからである。実際、緊張感のあるジャズというのは、近年非常に少なくなってきたように思われてならない。

不穏な雰囲気というと勘違いする人もいそうだが、当人の性格が不穏ということでは必ずしもない。史上(少なくとも一時期は)本物のヤクザだったミュージシャンもいるが、そういう人に限ってほのぼのとした音楽をやっていたりする。また、アイヴァーソンは緊張感を黒人性と強く関連づけているようだが、必ずしも人種は関係無いように思う。スタン・ゲッツやビル・エヴァンスは白人(厳密にはユダヤ人?)で優男だったが、彼らが本気を出した時の音楽からは溢れんばかりの不穏な何かが感じられるからだ。

では音楽における緊張感とはどういうものかということになるのだが、緊張感について具体的に語るのは非常に難しい。そもそも、音楽を聴いて受ける感興というのは人によって大きく異なる。なので、どこまで行っても私はそうですという以上の話にはならない。私に関して言えば、非常に緊張感のある音楽を聞くと、背筋に電流が流れるような感覚が走り、激しい精神的昂揚が訪れる。全身が引きつったり、息が出来なくなったり、涙が出てくることもある。そういった生理的な現象も付随することはあるが、毎回のことではない。結局のところ、音そのものに充実感、聞く者の耳を捉えて放さない力強さ、ある種の威厳が感じられる、ということではないかと思う。緊張感のある演奏は何度聞いても聞き飽きしない、ということは言えるかもしれない。また、音楽から受ける感興は人によって異なるとは書いたが、ある程度音楽をきちんと聞いた人ならば、評価が大体同じようなところに収斂するのもまた確かではないかと思う。

緊張感を語る困難のもう一つは、場合分けの難しさである。ゆったりとしたテンポで緊張感に満ちた演奏もあれば、汗飛び散らせる熱演なのに全然緊張感がない、というものもある。大音量で迫るビッグバンドなのに緊張感がない演奏もあれば、静謐なソロ・ピアノなのにこちらの顔が引きつるような緊張感で迫ってくる演奏もある。超絶技巧を駆使しているのに緊張感がない演奏もあれば、訥々とした演奏なのにこちらの心をわしづかみにする緊張感溢れる演奏もある。さらに厄介なことに、同一人であるにも関わらず、常に緊張感ある演奏をするとは限らない。かつてのチック・コリアは緊張感の塊のようなキレキレピアニストだったが、別にテクニックが衰えたということでもないはずなのに、最近はどうもぱっとしない。若い頃は柔和な表情を見せていたチェット・ベイカーは、晩年は凄まじい緊張感を発散する怪物になっていた。チェットの場合、ヤク中になってこの世の地獄を見た、ということもあるのかもしれないが、元々かなり不穏なものを抱え込んでいた人だったのではないかと思う。ようするに、繰り返しになるが、ある演奏にはあるし、ない演奏にはないということなのだ。

私が緊張感があると思っている演奏をいくつか挙げておこう。

Free for All

アート・ブレイキーはいつも大熱演だが、では緊張感のある演奏ばかりかというとそうでもない。これなんかはかなり荒っぽいが、緊張感という点ではこれが極致ではないか。ウェイン・ショーターもすごい。

Stan Getz & Bill Evans

スタン・ゲッツとビル・エヴァンスというのは私にとってはずっと謎であり続けている人々なのだが、その二人が組んだ演奏というのもいくつかある。これなんかはものすごい緊張感に満ちているのだが、長いことオクラ入りしていた。

Arc

若いころのチック・コリアが好きだ。その後のチックがなぜぬるくなってしまったのかどうもよく分からないのだが(年齢のせいではないと思う)、サイエントロジーを信仰するようになって人格円満になっちゃったせい?

ポートレイト・オブ・セロニアス+1

晩年のバド・パウエルには、俺のほうがピアノうまいんじゃないかと思うくらいひどい演奏も多い。その一方、指はもつれハーモニーはぐちゃぐちゃであっても、緊張感という点では他の追随を許さないものがあるのも事実である。特にスローナンバーには凄みに満ちたものが多い。

Open, To Love

ポール・ブレイも緊張感溢れるピアニストである。ソロ・ピアノでこれだけの妖気を出せる人は珍しい。ただ、ブレイの場合、ハズレも多いのが…。

Gil Evans & Ten

ギル・エヴァンスの偉さというのはなかなか分かりづらいが、思うに、彼の最も優れた才能は、どんなに優美なアレンジであっても常に緊張感を欠かさなかったところだと思う。この演奏などは、ゆったりしたテンポ、優雅なハーモニーと演奏なのに、ひどく心揺さぶられるものがある。

Tango: Zero Hour

ジャズ以外からもひとつだけということで。ピアソラもまた緊張感を大事にしていたアーティストだった(インタビューか何かでそういうことを言っていたような覚えがある)。

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