スターマン故郷へ帰る

★(ブラックスター)

デヴィッド・ボウイが亡くなって、世間、特に海外はしばらく大変な騒ぎになっていたが、個人的には、さすがに主だった作品は聞いたことがあるものの、そんなに興味は無かったし、詳しいというほどではない。ただ、結果的に遺作となった「★」は、好きなサックス奏者のダニー・マッキャズリンやドラマーのマーク・ジュリアナ、ギタリストのベン・モンダーらが全面的に参加していて、音自体が好みなのでこのところよく聞いている。遺作が傑作というのは、特に音楽の世界では希なことと言わねばなるまい。

しかし、ボウイはなぜ最期に「ジャズ」をやってみようとしたんだろう?ボウイは元々「前とは違ったことをやる」のがポリシーの人だから、そんなに不思議ではないと言えばそうなのだが、どうも引っかかる。

さんざん書いてきたことだが、少なくとも私の中では、「ジャズ」と、ジャズっぽい、ジャズじみた、ジャズのような音楽は違うのである。オーケストラを従えて、シナトラみたいに歌ったロック歌手は多くいる。「★」はそういった類ではない。「★」はきわめて良質の緊張感に満ちた、聞く人間を甘やかさない音楽で、表面的にはそんなにジャズっぽくはないかもしれないが、あれはまごうことなき「ジャズ」だ。一年後、2016年度のベスト・ジャズに選出されていてもおかしくない。というか、おそらくトップ10には入るだろう。

マッキャズリンを起用したのは、マリア・シュナイダーの推薦があったからだそうである。ボウイは去年の春にシュナイダーと接触し、11月にはシュナイダー・オケを使った曲「Sue (Or In A Season Of Crime) 」も発表した(JazzTimesの記事)。

で、ボウイがマリア・シュナイダーに目を付けたのは、おそらく同じ英国出身のスティングと、シュナイダーの師匠であるギル・エヴァンスとの関係にヒントを得たのではないかと思う。

ただ、ボウイが最後にジャズに取り組んだのは、もう少し深い、個人的な理由があったのではないかという気がしてならないのである。2013年のヴァニティ・フェアの記事がヒントを与えてくれる。記事そのものは、アーティストお気に入りのアルバムを25枚挙げるというありきたりのものだが、その一枚として、ボウイはコメントを添えてチャールズ・ミンガスのOh Yeahを挙げていたのだ。

60年代の始め、「メドハースツ」は、私のイギリスの地元ブロムリーで最大のデパートメント・ストアだった。流行に乗るという点で、メドハースツは、「G-Plan」などスカンジナビア風の新しい家具を早くも仕入れていた競争相手にとうてい敵わないのが明らかだったが、どういうわけかメドハースツは、見事なレコード部門を有していたのだ。このレコード部門は二人の素晴らしい「結婚した」男同士のカップル、ジミーとチャールズが運営していて、アメリカの新譜で彼らが持っていないものも、入手できないものも存在しなかった。彼らはロンドンのレコード屋の連中と同じくらいヒップだった。あの店が無ければ、私はひどく味気ない音楽人生を送ることになっただろう。

レジでバイトをしていたジェーン・グリーンは私に気があった。多くの場合学校が終わったあとの午後、私が店へ行くと、彼女は私を「サウンド・ブース」に入れてくれて、あとは店が閉まる午後5時30分まで、心ゆくまでレコードをかけさせてくれた。ジェーンもしばしば加わって、私たちはレイ・チャールズやエディ・コクランのサウンドに浸り、最高に幸せな気分を味わった。私は13歳か14歳で、彼女は当時17歳かそこらの女らしい子だったので、これはとてもエキサイティングなことだった。彼女は、私が初めてつきあった年上の女性だ。チャールズはレコードの値段を大幅に負けてくれたので、頻繁にこの店に通った2年か3年の間に、私は素晴らしいレコード・コレクションを築くことが出来た。幸福な日々だった。

1961年ごろのある日、カップルの若いほうであるジミーが、このミンガスのアルバムを勧めてくれた。メドハースツで買ったオリジナルのレコードは無くしてしまったが、私は今まで何年もの間、このアルバムが何度も何度も再リリースされるたびに買い直し続けてきた。「Wham Bam Thank You Ma’ am」のようなかなりどうでもいい曲も入っているのだが。これは、私にローランド・カークを教えてくれたアルバムでもある。

私は、レイ・チャールズやミンガス、そしてとりわけローランド・カークを理解できる人はなんとなく信用できるような気がしている。あくまでも音楽的には、ということで、お金は貸さないと思うが。なぜと言われても困るのだが、経験則である。よってボウイは信用に値する。そしてこうも思うのである。ああそうか、「★」はボウイなりの原点回帰というか、故郷への帰還だったんだな、と。

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