ジョン・アバークロンビー

ジャズ・ギタリストのジョン・アバークロンビーが亡くなった。享年72。

アバークロンビーというと、70年代にECMへ録音した、いかにもECMっぽい耽美的な諸作が頭に浮かぶ人が多いと思うが、今思えば私はずいぶん妙なところからアバークロンビーに接したのだった。というのも、かつて私は泥臭いソウル・オルガン・ジャズにどうしようもなくはまったことがあり、手当たり次第に買いまくっていたのだが(原田和典氏のコテコテ・デラックス)がバイブル)、そんな有象無象のオルガン弾きの中にジョニー・ハモンド・スミスという人がいて、これがもう金太郎飴のごとくどこから切っても漆黒のソウルで大のお気に入りだったのである。厳密に言えば、ハモンド・スミスのオルガン・ワーク自体はピャラピャラした音であまり好きではないのだが、周りを固めるサイドメンの人選とアレンジが抜群だった。

で、この人が1968年に録音したNasty!というアルバムに、なぜかアバークロンビーが参加しているのである。ナスティ(イヤらしいとかみだらとかいう意味)にびっくりマークまで付いているので、よほどイヤらしい、ギトギトの真っ黒ジャズが展開されるのかと思ったら、えらくあっさりした演奏が全編に繰り広げられていて逆の意味でびっくりしたのを覚えている。テナー・サックスのヒューストン・パースンが気合いを入れてダーティに盛り上げているのに、後から冷や水をぶっかけるかのような淡々としたソロを取るのがアバークロンビーである。バークリーを出たのが1967年らしいので、プロとしての初仕事だったのではなかろうか。

後年もたまにロニー・スミスや他のオルガニストと組んだりしていたので、この種の音楽も嫌いではなかったのだろうが、アバークロンビーの資質にはあまり合っていなかったような気はする。アバークロンビーとはなんにも関係ないけど(ここでギターを弾いているのはワリー・リチャードソンという人)、私が好きな(普段の)ハモンド・スミスの曲も貼っておきますね。

ジョニー・ハモンド・スミス - レジェンズ・オブ・アシッド・ジャズ

その後ぼちぼちとECMものも聴いていったが、まあ代表作というか、私が一枚挙げるとしたらArcadeだろうか。

アーケイド

それなりにハードなこともやるのだが、音色のせいか、霞が掛かったようなというかどこかぼんやりした印象のあるアバークロンビーのギターは、はっきり言ってそれ自体としてはあまり私の好みではないのだが、じっくり聞き込めばちゃんと応えてくれる、音楽的に一本筋が通ったものであることは間違いない。そしてハモンド・スミスとの演奏もそうだったが、アバークロンビーが入ると音楽の質が変わるというか、アバクロ色とでも言うべきものがにじみ出るのが面白い。Arcadeでも、パーツとして印象に残るのはリッチー・バイラークのピアノだと思うのだが、全体としてはやはりアバークロンビーの音楽なのである。デイヴ・リーブマンとバイラークが組んだLookout Farmでもアバークロンビーは良い仕事をしていたが、なかなか再発されませんねえ。なんでもバイラークがECMのプロデューサーのマンフレート・アイヒャーと喧嘩したからだそうだが、しょうもない話である。

ジャック・デジョネットのニュー・ディレクションズも、独特の曖昧でロマンティックな雰囲気を生み出して場を支配していたのはアバークロンビーのギターだったように思う。

New Directions

同時期のアバークロンビー入り作品で面白いのはボビー・ハッチャーソンのUn Poco Locoで、これは後藤雅洋氏の著作で知ったのではないかと思うが、ジャケも変だし、なぜかバド・パウエルのあの曲を取り上げているし、けだし珍品である。これもアバークロンビーの参加が効いている。

Un Poco Loco

ただ、個人的に今でも良く聞くアバークロンビーの作品は比較的最近のもので、2000年のCat ’n’ Mouseなどは愛聴盤だ。あまり話題にはならなかったが、とにかくヴァイオリンのマーク・フェルドマンとの相性が抜群だった。あいにくYouTubeに音源が無いみたいなので、同メンバによるライヴの動画を貼っておくが、出来も音質もアルバムのほうがはるかに良い。

Cat 'n' Mouse

エッジを前面に押し出さない音色、参加によって持ち込まれる独特の淡いカラー、ついでに言えばデビューがソウル・オルガンのサポートというあたり、楽器こそ違うが資質が似ていると思うのがジョー・ロヴァーノで、彼らの付き合いもそれなりに長いはずだが、特に2012年のWithin A Songはなかなか良い作品だった。これもあまり話題になりませんでしたねえ。YouTubeにも音源が無い。

Within a Song

アバークロンビーにしろロヴァーノにしろ、彼らの作品は最近というか2000年代以降のほうが優れているように思うのだが、実のところそれは、彼らの演奏そのものが成熟したとか進歩したというよりは、録音の問題が大きいような気がする。技術革新もさることながら、近年支配的な音作りの方向性のようなものが、彼らの繊細な音楽性にマッチしていたような気がするのだ。逆に言うと、かつて活躍したコテコテ方面の人、たとえばそれこそロニー・スミスが新作を出しても今ひとつピンとこないのは、技量が衰えたというよりは、あまりにもクリアに、きれいに録音しすぎているからではないか、と思われてならないのである。

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