2 Princes Of Darkness

Hits & B-Sides

プリンスが亡くなった。57歳。

最近、と言ってももう一昨年だが、私が好きな海外ドラマのNew Girlに(プリンス役で)ゲスト出演していて元気そうだったので、驚いてはいる。ただまあ、なんというか、例えば80歳のプリンスというのは想像しにくいわけで(それを言ったら80歳のマドンナも想像しにくいので、あまり説得力はないけれど)、仕方ないのかなという気がしなくもない。死因はまだよく分からないが、死の6日前にもドラッグ治療を受けていたということなので、薬物過剰摂取の可能性は否定できないだろう。

基本的にプリンスは好きでしょっちゅう聞いているのだが、アルバム単位だと苦手な曲がいくつか入っていることが多く、これと薦められるものがない。単体では出来の良い曲でもアルバムの流れに合わなければ没にするというくらい、パブリック・イメージも含めたトータル・プロデュースに熱心だった殿下なので、ちょっと申し訳ないというか、結局のところ私はプリンスの良いリスナーではないようにも思われるのだが、でも好きな曲は好きなんですよ。プリンスの曲を他人が演じるとなかなか良いということも多く、特にジョシュア・レッドマンやアリシア・キーズがカバーしたHow Come U Don’t Call Me Anymore?は名曲だと思う。個人的には、オリジナルの渋いピアノ弾き語りのほうが好きだけど…。

プリンスというと、ジャズ方面ではマイルス・デイヴィスとの付き合いが話題になる。自伝にもあるようにマイルスはプリンスを高く評価していて、晩年のライヴではプリンスが書いた曲(特に「Penetration」が良かった)をよく取り上げていたし、プライベートでは何度も共演していたようだ。

しかし、正式に公表された音源は一つもない。昔出たマイルスのブートレグ「Black Album」というのに一曲だけ、たぶん元はTutuに入るはずだったのだろうCan I Play With U(別名Red Riding Hood)という曲が入っていたが(1986年3月1日録音)、悪くはないにしても、それほど大したものでもなかったように思う。おそらくこれからいろいろ出てくるのではないかと思うが、偏執的に曲の完成にこだわるプリンスと、そこまで完成にはこだわらない根っからのジャズマンであるマイルスとは元々資質的に合わなかったような気がするし、復帰後のマイルスは相変わらずカリスマではあったけれども、音楽的には70年代に見せたような強力なリーダーシップが失われていたので、プリンスのようなすでに強固な自己を確立しているアーティストと共同作業しても、影響を及ぼしたり及ぼされたりする余地はそれほど無かったのかなという気もする。

亡くなった後、プリンスがかなり積極的に#YesWeCodeへ関わっていたことを知った。知っている人には有名な話だったのかもしれないが、イベントにも出席し、寄付も相当していたようだ。#YesWeCodeというのは家庭や機会に恵まれない黒人等マイノリティの貧しい子供にプログラミングを教え、仕事も世話して社会的上昇を図らせるというプロジェクトで、エホバの証人の信者だったことも影響しているのか、プリンスはあまり表に出ずに援助していたらしい。すでに#YesWSeCodeのページにはプリンス追悼のコーナーが設けられている。

(丸腰の黒人高校生を自警団員が射殺したのに無罪になった)トレイヴォン・マーティン事件の判決のあと、プリンスと話していたら、彼はこう言った。「フードをかぶった黒人の若者を見ると、みんな強盗だと思う。でもフードをかぶった白人の若者を見ると、みんなそいつはマーク・ザッカーバーグかもしれないと思う。ドットコム億万長者かもしれないとね」。

私は言った。「プリンス、確かにそうだな。それは人種差別のせいだよ」。するとプリンスはこう言った。「いや違う。それは、俺たちが黒人のマーク・ザッカーバーグみたいな奴を十分に輩出していないからだよ。これは俺たちの問題だ。俺たちの問題なんだ。黒人の若者に、この新しい情報経済の世界で活躍するための準備をさせていない、俺たちの問題なんだよ。」

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