ロイ・ハーグローヴ

2018年に亡くなったジャズ・ミュージシャンで、最も衝撃が大きかったのがロイ・ハーグローヴだろう。大物と言う点ではセシル・テイラーの死も引けを取らないが、セシルは高齢でまあ大往生と言える感じだったのに比べ、ハーグローヴはまだ49歳でしたからねえ。つい最近も来日していたようだし、腎臓を患って10年以上透析をしていたとは全く知らなかった。

この人もウィントン・マルサリスに見いだされた一人で、最初はマルサリス組らしい若年寄ジャズをやっていた。若手時代はベテラン勢との共演も多く、そうした90年代初頭から中期にかけての諸作も別に悪くはないのだが、その他大勢から抜け出したという感じが出てきたのは90年代末からで、転機はやはり98年のHavanaだろうか。これでグラミーを獲って一皮むけたような気がする。

ハバナ

2000年に入るといわゆるネオ・ソウルの人脈との付き合いが深まり、ディアンジェロ、エリカ・バドゥ、コモンといったあたりの作品に参加していて、自分の作品に彼らを迎え入れもしている。当時私はディアンジェロが好きでVoodoo(とBrown Sugar)を聞きまくっていたのだが、トランペットやアレンジがハーグローヴだったことには全く気づいていませんでした…。最近のジャズは、音楽的な内容は良かったのに当時リアルタイムでは今ひとつ一般ウケしなかったネオ・ソウルの復讐戦みたいなところがあると思っているのだが、その下地を作っていた一人がハーグローヴだったのですね。

晩年はストレート・アヘッドなジャズと、ソウルやファンクの要素を強くした自分のバンド、RHファクターの二本立てで活躍していて、若手発掘という点でも手腕を発揮していた。

Hard Groove

このStrasbourg Saint Denisというのは彼が出演していたパリのNew Morningというクラブの最寄り駅なのだが、私も去年この近くにしばらく泊まっていて、New Morningにも行った(たまたま体が空いていた晩にスティーヴ・コールマンが出ていた!)ので個人的にも思い出深い。

イヤーフード

で、以下は私がハーグローヴが好きだということを念頭に置きつつ読んで欲しいのだが、彼が優れたミュージシャンだったことを認めるのはやぶさかでないものの、「超」一流のジャズマンだったかというと、たぶん私は、ためらいながらも首を振らざるを得ないと思う。

昔、菊地成孔氏が、ブルーザー・ブロディがいる分野といない分野があるんだ、みたいなことをどこかに書いていた。私はプロレスに詳しくなく、往年のプロレスにおいてブロディがどんな存在だったかよく知らないのだが、でも菊地が言いたいことはなんとなく分かるような気がする。

他人がどう言おうと、その分野の価値を絶対的に保証するような、そんな存在がいる分野といない分野があると思うのである。私が個人的に知る範囲で言えば、将棋にはいるし、チェスにもいるし、落語にはいたし、数学にもいるし、計算幾科学にもいるし、ハッカーやクラッカーの世界にもいる。たぶん囲碁や野球やサッカーにもいると思う。世評や人間性の良し悪しはさておき、そいつの仕事があまりに眩くてこちらの人生まで変えられてしまうような、あるいはその分野に人生を賭けても良いと否応もなく説得させられてしまうような、そういう強力な個性というものが、いるところにはいるのである。カルトみたいだが、まあ根は似たようなものですよ。

歴史を振り返るとジャズはこの種の存在に事欠かない分野で、結局のところ売れるとか賞をもらうとかより「ブロディであるかどうか」が唯一の評価軸だったような気がするのだが、ハーグローヴがその一人だったかというと、なかなか難しい。優れたトランペッターで、たぶん人間的にはとってもいい人だったと思うし、シーンの重要人物でもあったのだが、それでもなお、ということだ。

別にジャズに限らず、ブロディ的カリスマを持つ人というのは少なくなってきた。というか、そもそも最近ではジャズでもそういった圧倒的な凄みやアクの強さというものが積極的に忌避されているような気がするのだが、それについてはまたそのうち。

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