インパルスのマッコイ・タイナー

マッコイ・タイナーが亡くなった。享年81。これで、ジョン・コルトレーンが率いたいわゆる「黄金カルテット」のメンバ――コルトレーン、タイナー、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズ――は全員この世を去ったことになる。

タイナー(1938年生まれ)は60年代以降で最も重要なジャズ・ピアニストの一人だが、ほぼ同世代のハービー・ハンコック(1940年生まれ)あたりと比べると、なんとなく一段下に見られることが多いように思う。キャリアは同格で、有名バンド(タイナーならコルトレーン・カルテット、ハンコックならマイルス・デイヴィス・クインテット)で活躍し、自身の名盤と目されるものも多く、作編曲能力も高く、後続世代への影響も絶大という具合なのだが、狭い意味でのジャズに留まらない引き出しの多さを誇ったハンコックと比べると、タイナーの音楽はやや一本調子というか、マンネリに聞こえるのかもしれない。とはいえ、例えばカマシ・ワシントンの人気にも見られるように、近年ではタイナー的なスピリチュアルで暑苦しい音楽が若い世代に再び受容されるようになってきたふしもある。

タイナーは多くのジャズメンを輩出したフィラデルフィアの出身で、ずいぶん若いころからプロとして働いていたようだ。コルトレーンとの付き合いも古く、1955年、17歳にしてカル・マッセイのバンドでピアノを弾いていた際、すでに共演した仲だという。ちなみにこのバンドのベーシストだったのがジミー・ギャリソンで、彼ともこのころからの付き合いになるわけだ。コルトレーンのバンドのピアニストになるのは1960年からで、その後1966年まで行を共にした。コルトレーンとの共演は当然素晴らしいものが多いが、本稿の主人公はあくまでタイナーなので、ここではタイナーのバッキングが冴えまくるこの一曲だけ挙げておく。

Coltrane's Sound

キャリア最初期のリーダー作はImpulse!レーベルに6枚あり、どれも優れた内容だ。デビューは1962年のInceptionで、まだバド・パウエルの強い影響が感じられるものの、すでにタイナーのオリジナリティは十分感じ取れる。後年アーマッド・ジャマル等にカバーもされたEffendiなど、作曲家としての才能もすでに顕れている。

インセプション

2作目のReaching Fourthになるとタイナーの個性はより明確になり、ロイ・ヘインズの挑発的なドラムスも相まって、一種異様なスピード感がたまらない。Impulse!時代でどれか一枚だけ、ということだとこれですかねえ。50年前の作品だが、今聞いてもなぜか新鮮味がある。

Reaching Fourth

3作目はタイトル通り、バラードや有名スタンダードを素材にくつろいだ演奏というかタイナーなりの引きの美学を聴かせるという趣向で、悪いものではないが、やや淡泊か。当時コルトレーンのところでやっていた爆裂音楽とは大分趣きが違うのが面白い。まあ Ballads とかもあるけれど…。ちなみにImpulse!のタイナー盤は毎回ドラマーが変わっていて、エルヴィン、ロイ、そして今回はレックス・ハンフリーズ。

Nights of Ballads & Blues by MCCOY TYNER

4作目のToday and Tomorrowは、3管編成の3曲とピアノトリオの6曲という組み合わせで、トリオも悪くはないが、注目すべきのは最初の3曲だろうか。トランペットがサド=メル・オケのサド・ジョーンズ、アルトサックスがMJT+3のフランク・ストロジャー、テナーサックスがサン・ラーの大番頭ジョン・ギルモアという不思議な組み合わせなのだが、タイナーの作編曲の才が遺憾なく発揮されていてこれも感心させられる。

トゥデイ・アンド・トゥモロウ

5作目のLive At Newportはその名の通り1963年ニューポート・ジャズ・フェスでのライヴ盤なのだが、タイナー自身はカナダ・モントリオールから自ら車を運転して徹夜で戻ってきたばかり、しかも共演者はそれまでタイナーとは全く接点の無かった人々で、おまけにフロントの二人は人から借りた楽器で吹いているという有様。にも関わらず、なぜか出来がとても良いのがおもしろい。完全にジャムセッション、曲もその場で決めたという感じで、タイナー以下全員半ばやけっぱちになっていたと思われるのだが、それが音楽的にはのびのびと良い方向に働いている。入念なプランニングやらリハーサルやらが必ずしもプラスにならないジャズの好例と言えるだろう。正直、私はタイナーのImpulse!録音ではこれを一番多く聞いている。

ライヴ・アット・ニューポート (紙ジャケット仕様)

6作目のImpulse!最終作は1964年末録音のデューク・エリントン・トリビュートで、ジャケット写真がいい加減な上にエリントンの顔が怖いのだが、内容的にはなんだかレッド・ガーランドのモノマネみたいなところもあって、個人的には別に悪くはないがそんなに良くもないという感がある。同時期にコルトレーンもエリントンとの共演作を録音しているが、エリントン・ブームのようなものがこのころあったんですかね。

マッコイ・タイナー・プレイズ・エリントン

5作目あたりからプロデュースがテキトーになってくるのは、おそらくBlue Noteレーベルへの移籍話が進んでいたからだろう。少し前からBlue Noteの諸作へのサイドマン参加が多くなるのだが、Impulse!専属契約ということになっていたのか、Blue Noteのジャケットには名前を出してもらえずEtc.扱いになっていてなんだか気の毒ではある。ジョー・ヘンダーソンのPage Oneあたりが典型ですか。

Page One

1965年から1966年にかけてがタイナーにとってキャリアの最初の転機で、フリー化を突き進むコルトレーンについて行けなくなって離れ、Impulse!も離れ、Blue Noteでリーダーとして一本立ちすることになる。一般的にはこの後の諸作がタイナーの評価を確定させたと言えるのだろうが、随所に瑞々しさが感じられるImpulse!の作品も悪くない。たぶん非常に才能ある人のみが、それも若いときにしか表現できないものが詰まっていると思う。長くなったのでとりあえずこのへんで。

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