Swinging the Classics on MPS / Eugen Cicero
ジャズでまがい物扱いされる最たるものは、クラシック音楽のジャズ化ではないか。
有名クラシック曲のメロディーを弾いてなんとなく高級感を醸し出すみたいな安直さが馬鹿にされる所以ではないかと思うが、一方でジャズのほうにある、かすかなクラシック・コンプレックスのようなものを刺激するからではないかとも私は邪推している。といっても境界は曖昧で、現在ジャズ・スタンダードとして扱われている曲のいくつかはクラシックのアダプテーションだし(例えばThe Lamp Is Lowはラヴェルの「亡き王女のパヴァーヌ」が下敷き)、クラシック趣味を前面に押し出したMJQやジョン・ルイスもいる。まがい物もあれば本物もあるということだろう。
こうした流れからでオイゲン・キケロもとりあえず馬鹿にされがちで、まあそれはそれで分からなくもないのだが、虚心坦懐に聞いてみればかなり凄い人だったように思う。ピアノのテクニックもしっかりしているが、とにかくリズム感と即興演奏の才がずば抜けている。もちろん昔から東欧ではそれなりにジャズが盛んだったわけだが、今のように情報の流通が多くない時代のルーマニア出身で、なぜここまで自然に弾けたのだろうと驚くばかりだ。
この種のものでピアニストというと、キケロの他にはジャック・ルーシェが挙げられると思うが、ジャズとしてどちらが楽しめるかというと、これはもうキケロの圧勝である(ちなみにデビューした当時、キケロはルーシェを知らなかったらしい)。ルーシェの場合アドリブ・パートにもかなり細かくアレンジがされていて、個人的にはそもそも全部書き譜でやっているのではないかという気がしなくもないのだが、キケロはアドリブ・パートに関しては明らかにインプロでやっている。後年クラシックと関係ない純ジャズのアルバムも出していたが、どちらかというとクラシックもののほうが精気が感じられるあたりもなかなか面白い。
このCD3枚組は、出世作の「Rokoko-Jazz」に加え、「Cicero’s Chopin」「Swinging Tschaikowsky」「Romantic Swing」「Balkan Rhapsody」という一連のMPS録音を詰め込み、さらに「In Town」から1曲、「Klavierspielerein」からソロ・ピアノを2曲という、キケロのMPSにおけるクラシックものの集大成である。単体ではCD化されていないものもあるし、とりあえずこれを買っておけばキケロの魅力は大体分かる。Amazon.co.jpだと中古価格が大変なことになっているようだが、市井の中古屋では割と見かけるように思う。とりあえず単体CDとして今でも手に入りやすいRokoko-Jazzだけ買う、という手もありますね。MPSなので録音も良い。
キケロというと個人的な思い出がある。中学生のころ友人のS田君と話をしていて、(当時知ったばかりの)ジャズというのがあって面白いんだと言ったら、オイゲン・キケロを知ってるか、と言われたのだった。もちろん私は知らず、そもそも私の周りにジャズに興味がある奴なんかいなかったし、そもそもなんで彼がキケロを知っていたのか今でも分からないが(たぶん親が聞いていたんだろうなあ)、今のようにYouTubeなどないのですぐ演奏を聴くというわけにもいかず、その後キケロの名はのどに刺さった小骨のように長いこと引っかかり続けたのだった。「ロココ・ジャズ」を買ったのはアメリカから帰ってきた後だから、2000年代に入ってからだろう。というわけで、キケロを教えてくれたS田君ありがとう。もう20年以上会ってないけど。
晩年のキケロのライヴ。相変わらず達者なピアノを弾いている。
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