ドン・フリードマン
6月30日にドン・フリードマンが亡くなっていたことを今ごろ知った。享年81。つい数年前にも来日していたくらいで、死の直前まで活躍していた。まあ大往生の部類でしょう。
フリードマンはビル・エヴァンスと比較されることの多いピアニストだが、ハーモニーのセンスはエヴァンス同様知的で繊細で極めてリリカルだったものの、右手のラインはエヴァンスよりもアヴァンギャルドというか、予測しにくい動きをするところに特徴がある。私はエヴァンスも嫌いではないが、フリードマンのさっぱりしたべとつかない演奏はさらに好きだ。
フリードマンといえば、エヴァンスと同じリヴァーサイド・レーベルに残した「サークル・ワルツ」だろう。この1962年の作品は、曲もアルバム全体も本当に素晴らしい。スピーカーから爽やかな風が吹いてくるような演奏で、このアルバムくらいは機会があればぜひ聞いてみてほしい。ジャケット・デザインも素晴らしいですね。
とはいえ、フリードマンがこういう演奏をするのは実は珍しく、他にはこの次に出した「フラッシュバック」くらいかもしれない。こちらも個人的に好きでよく聞いたアルバムだ。「サークル・ワルツ」と比べると選曲は地味だが、内容的には遜色ない。
「サークル・ワルツ」がリーダー2作目、「フラッシュバック」は3作目なのだが、「サークル・ワルツ」の前に出したデビュー作「ア・デイ・イン・ザ・シティ」も悪くはない。初リーダー作ということで肩に力が入ったのか、ややとっつきにくい印象はあるが、ニューヨークの一日を描く組曲仕立てになっていて、硬質なフリードマンのピアノに加え作曲能力の高さも堪能できる。
このあとフリードマンはギタリストのアッティラ・ゾラーと組んで2枚のアルバム(「ドリームズ・アンド・エクスプロレーションズ」「メタモルフォーシス」)を残す。フリードマン本人はゾラーとの相性に大変満足していたらしく、そして二人の演奏は極めて高度で先鋭的ではあるのだけれど、個人的にはちょっと陰鬱でモノトーンな感じを受けてしまい、あまり聞くことがない。ちなみに、「ドリームズ~」の後半3曲は、スタンダード・ナンバーを取り上げているということもあってか割と聞きやすいです。
エヴァンスとの因縁という意味では、一時ルームメイトだったスコット・ラファロとのリハーサル・テープも残っていて、これもなかなか良い演奏である。ちなみに、ラファロは一日12時間も練習していたそうだ。
サイドマンとしては、ブッカー・リトルの「アウト・フロント」やジョー・ヘンダーソンの「テトラゴン」に参加しているが、特に後者のI’ve Got Under My Skinにおけるバッキングのリハーモナイズが凄まじく、メロディ以外は全く別の曲へと変貌を遂げてしまっている。どうしてくれようというくらいにカッコいい。
60年代末にはリヴァーサイドを離れ、やや活動が沈滞してアルバムも発表しなくなったフリードマンだったが(教職に就いていたらしい)、70年代にはエレピを手がけたりもし、その後はVIPトリオを称するトリオを組んで地道に活躍を続けていた。何度も来日して素晴らしいピアノを聞かせてくれたし、ジョージ・ムラーツと組んだ「レイター・サークル」も良かったし、ソロ・ピアノの「メント・トゥ・ビー」も優れた作品だった。日本人ベーシスト、中山英二との演奏も素晴らしかった。プログレッシブに残した演奏も悪くなかった。スティープルチェイスの諸作は、全部聞いたわけではないが、そこそこ良かったけど、ものすごく良くはなかったような気がするなあ。
というのを前提に、あえて死人に鞭打つようなことを言えば、フリードマンの後年の演奏は、60年代の演奏が持つヒリヒリするようなエッジを欠いていたように思う。だから、個人的に手が伸びるのは、どうしても「サークル・ワルツ」であり、「フラッシュバック」なのである。
早熟な人もいれば晩成の人もいるが、やはりどの人にも絶頂期というか、その人自身が超えられない水準に到達する瞬間というのがあるように思う。Every dog has its dayという奴だ。フリードマンの場合、それはやはりリヴァーサイド時代ということになるだろう。そういう意味ではフリードマンは長い余生を過ごしたわけだが、そもそもそんな水準に一生かかっても達しない人もいるわけだから、以て瞑すべしというべきか。
最晩年のフリードマン。ブライアン・ブレイドとライヴで互角に張り合っていて若々しい。
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