アレン・ハウザー

アレン・ハウザーというトランペッターのことを知っている人はごく少ないと思うが、個人的には好きなプレーヤーの一人である。リー・モーガンに強い影響を受けたと思しいオーソドックスなスタイルで、モーガンほど押しは強くないものの、思い切りの良いフレージングと若干翳りを帯びた音色がなかなか気持ち良い。

最近活動の噂を聞かなかったので調べてみると、2014年に73歳で亡くなったようだ。ハウザーの知名度が低いのは、基本的に生地ワシントンDCを離れずツアーもせず、しかも自主制作しかしなかった(60年代末にレコード会社と契約して2枚も録音したのにお蔵入りにされたので、頭に来て自主レーベルを立ち上げたとの由)からだが、どうやら本業は銀行員だったらしく、セミプロだったとすれば納得が行く。

ハウザーの録音がリーダー、サイドマン合わせて結局いくつあるのかよく知らないが、Straight Ahead RecordsやAllen Houser Recordsといった名義で出したリーダー作は全部で9枚ではないかと思う。記念すべき1枚目は1973年のNo Samba (ARS001)で、かつて日本のジャズ喫茶の人気盤だったらしく、日本盤CDも出ている。60年代には主にラテン・バンドで活動していたそうで、その影響なのかどことなくラテンぽい哀愁が漂っており、そのへんが日本で受けた理由かもしれない。基本的には普通のハードバップだが、ベースが二人いて一人が弓弾きに専念しているあたりが若干妙ではある。

ノー・サンバ(紙ジャケット仕様)(BOM24081)

次が1978年のWashington Jazz Ensemble (ARS002)で、実のところ私が最初に聞いたハウザーの作品はこれだった。これも日本盤CDが出ていたのである。ハウザーには作曲の才もあり、若い頃の友人で、ギル・エヴァンス・オーケストラなどで活躍したが夭折したマルチリード奏者、トレヴァー・ケーラーに捧げたこの曲などは、ハードバップの名曲と言って恥じない出来だと思う。

Washington Jazz Ensemble Ars 002

ワシントン・ジャズ・アンサンブルと銘打っているだけに、メンツはワシントンDC周辺で活動していたローカル・ミュージシャンばかりだが、ハウザー同様生涯の大半をDCで過ごし、比較的晩年になって名を挙げたテナーサックスの名手バック・ヒル(彼も長年郵便局に勤めていた)、ラサーン・ローランド・カークやチャールズ・トリヴァー、スタンリー・カウエルらとの共演歴があり、一時期ロバータ・フラックの旦那でもあったベースのスティーヴ・ノヴォセルといった、それなりに世界的知名度のある人も混ざっている。

日本ではこの2枚しかほとんど知られていないと思うが(実際、おそらくこの後はレコーディングという意味では長らく休眠状態だったのではないかと思う)、その後もハウザーは活動を続けていて、3枚目として出したのがWhatever Happened To Allen Houser? (ARS003)である。前作から12年が経った1990年、定期的に演奏していたらしいボルチモアのレストランでのライヴだが、ハウザーのトランペットには特に衰えはなく、録音も悪くない。ピアノレスのギター入りクインテットという編成もちょっとおもしろい。

Whatever Happened to Allen Houser?

4枚目のLooking Back (ARS004)はその名の通り回顧といいますか、1970年から1985年にかけてのライヴやリハーサルの私的録音を寄せ集めたもので、どれも音質はぱっとしないが、70年代から80年代にかけてのワシントンDCのジャズ・シーンを垣間見られるドキュメントとして興味深い。

Looking Back (ARS004)

5枚目のThe Allen Houser Sextet Live at the One Step Down (ARS005)も1985年ワシントンDCでのライヴの私的録音で、元音源がカセットなので音質的にはそこそこといったところだが、やみくもな熱気は十分に伝わってくる。特にピアノのボブ・ブッタという人がホレス・シルヴァー・ライクな典型的煽り屋で、火に油を注いでいるようだ。ARS002で言及した名曲Runnin’ Wild With Trevor Koehlerも再演している。

The Allen Houser Sextet Live at the One Step Down (ARS005)

6枚目のStolen Moments (ARS006)は録音時期がよくわからないが、おそらく80年代のリハーサルではないかと思う。10分以上に及ぶ長尺の演奏が多く、たっぷりと時間を使ったセクステットの演奏が楽しめる。

Stolen Moments (ARS006)

なぜか6と1/2枚目(?)ということになっているKarenji (ARS0006+1/2)はどうやらStolen Momentsの残りテープらしい。トロンボーンのボブ・バルシス、ピアノのボブ・ブッタ、ドラムスのB・ウィリス・ジョーンズといったハウザー組とでも言うべきおなじみのメンツで、若い頃にサンフランシスコで共演したリチャード・グルーヴ・ホルムズの演奏にヒントを得たという冒頭1曲目からしてごきげんな演奏だ。

Karenji (ARS006+1/2)

8枚目のThe Allen Houser Quintet Live At Harold’s Rogue & Jar 1974 (ARS008)は1974年ワシントンDCでのライヴで、ARS004の冒頭に収録された音源と同じときの録音だろう。音質は例によってぱっとしないものの、ハウザーの流暢なトランペットを聞くには最適の音源かもしれない。バック・ヒルの参加が目を引くが、エレピを弾いているルーベン・ブラウンという人の冴えた演奏も聞き所だ。

The Allen Houser Quintet Live At Harold's Rogue & Jar 1974

9枚目のStraight Ahead and Strive for Tone (ARS009)は1982年の演奏で、これまたなかなか充実した出来。で、私が知る限り、これがアレン・ハウザーが発表した最後のレコードのようである。

Straight Ahead and Strive for Tone

ハウザーらの演奏を聞いていてしみじみ思うのは、ジャズに地方色とでもいうべきものがありうる時代が、遅くとも80年代くらいまではあったのだなあということだ。彼らの演奏はテクニックという点では一流とは言えないかもしれないし、とりたててイノベーティブというわけでもないが、明確な個性と美意識があり、いわば地酒の味とでもいうべき独特の魅力がある(私は酒が飲めないけれど)。今のようにジャズ教育が体系化されておらずインターネットも無い時代、たまたまそばにいたメンターの演奏やレコードから耳で学び、次第に自分ならではの音楽として昇華させていくというプロセスを経たのであろう彼らの演奏を聞くと、最近の、楽器の扱いも曲の解釈もそつなく上手なんだけれど、どうにも平準化されてしまっているというか、極端に言えばみんな同じようなことをやっているようにしか見えないジャズというのは、個人的には物足りないのである。もちろん例外はいますけどね。

comments powered by Disqus