キング・カーティス、日本の歌謡曲を吹く
名門Atlanticレーベルのディスコグラフィを隅から隅まで読んだことがある人(日本で推定10人くらい)なら、以下のセッション・データを見ておそらく一度くらいは妄想を膨らませたことがあるのではないか。
King Curtis Octet
George Dessinger, flute, bassoon; King Curtis, tenor, alto sax; Paul Griffin, piano; Billy Butler, guitar; Al Chernet, guitar, mandolin; Ron Carter, bass; Bobby Donaldson, drums; Jack Jennings, percussion.
NYC, February 5, 1968
13859 Hallelujah Atlantic unissued
13860 Koyubi No Omoide -
13861 Futari No Shiokaze -
13862 Please Take Me
King Curtis Octet
Romeo Penque, flute, oboe; King Curtis, tenor, alto sax; Paul Griffin, piano; Billy Butler, Al Chernet, guitar; Richard Davis, bass; Bobby Donaldson, drums; George Devens, percussion.
NYC, February 6, 1968
13863 In A Lonesome City Atlantic unissued
13864 Mona Lisa's Smile -
13865 Azura No Arukayiri -
13866 Aiwa Oshiminaku
King Curtis Octet
Romeo Penque, flute, oboe; King Curtis, tenor, alto sax; Ernie Hayes, organ, piano, electric piano; Billy Butler, Al Chernet, guitar; Richard Davis, bass; Bobby Donaldson, drums; George Devens, percussion.
NYC, February 7, 1968
13867 Makka Na Taiyo Atlantic unissued
13868 Love Only For You -
13869 I Really Don't Want To Know -
13870 Danny Boy -
13871 Land Of 1000 Dances
1968年2月の頭、キング・カーティスが美空ひばりの「真赤な太陽」を録音している?アズラノアルカイリっていったい何やねん?unissuedというあたりもそそるではないですか。メンツもポール・グリフィンやビリー・バトラーといった腕利きに加え、ロン・カーターやリチャード・デイヴィスといったあたりも入っていて地味に豪華である。当時のカーターは時にマイルスのライヴをすっぽぬかしてアルバイトをしていたと聞くが、なるほどこういうことをやっていたのか。
さて、私は素直な人間なので最近まで本当に未発表だと思い込んでいたのだが、ひょんなことからこの音源のLPが実在することを知った。それどころかYouTubeにあった。
邦題は「君だけに愛を」で、一応King Curtis Plays Japanese Hitsという英語タイトルもついていたようだ。日本限定のLPだったせいか今でもオフィシャルにはunissued扱いで、数年前に出た カーティスのコンプリートAtcoシングルセット にも入っていないと思う。CD化もされていないでしょうねえ。
というか、私が知らなかっただけで、その筋では有名な話らしい。経緯は吉岡正晴氏のブログに詳しいが、ようはこの時期よくあった、R&B系のサックス(サム・“ザ・マン”・テイラーとかシル・オースティンとか)を連れてきて日本の演歌や歌謡曲を吹かせるという企画の一つとして、キング・カーティスにも発注したことがあったというわけだ。でも全然売れなかったらしい。ジャケットも、カーティスおじさんのニッコリはともかく、外国人?女性モデルを使ったインナーの写真(YouTubeの動画の途中で見られる)は現在でも十分通用する水準のように思うのだが。ストックフォトなのかな…。
収録曲は
A面
- 恋のハレルヤ(黛ジュン)
- 君だけに愛を(ザ・タイガース)
- 小指の想い出(伊東ゆかり)
- 真赤な太陽(美空ひばり)
- つれてって(園まり)
- モナリザの微笑(ザ・タイガース)
- 北国の二人(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)
B面
- ダニー・ボーイ(アイルランド民謡)
- 知りたくないの(菅原洋一、元はカントリー曲)
- 愛は惜しみなく(園まり)
- 青空のある限り(加瀬邦彦とワイルド・ワンズ)
- ダンス天国(ウィルソン・ピケットなど)
- 二人の汐風(黒沢年男)
- アンド・アイ・ラヴ・ハー(ビートルズ)
基本的には前年1967年、すなわち日本のほぼ最新ヒット曲を集めて新録したようで、最後のビートルズ曲だけ1966年2月10日のセッションの残り物の流用ですね。Please Take Meが「つれてって」なのはなんとなく察しがついたが、In A Lonesome Cityが「北国の二人」というのは、聞いてみなきゃわからんねえ。
アレンジはこの時期ありがちな日本イコール中華風ではなく、案外まともというかおそらく日本側が用意したのだろうが、誰の仕事だろう。この時期の日本の歌謡曲を書いたり伴奏したりしていたのは「真赤な太陽」を書いたシャープス&フラッツの原信夫を始めとしてジャズ関係者が多かったので、彼らのうちの誰かが手がけて送ったのだろうが。
カーティスにとってはあくまで「お仕事」の一つだったろうし、そこまで気合を入れて吹いているというわけではないが、一曲一曲は案外起伏に富んでいて悪くない。たぶん、カーティスも楽しんで吹いていたのではないか。外国文化への憧れと、憧れを現実のものとするだけの勢いと余裕とお金が日本の音楽業界にあった時代の遺物ですな。
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