The Complete, Legendary, Live Return Concert / Cecil Tayler

最近はCDではなくBandcampでダウンロードの音源を買うことが多い。新録のみならずリイシューや発掘ものもここから出ることが多いのである。これもその一つ。

MTVの共同設立者でアニメ(「デクスターズ・ラボ」とか「パワーパフ・ガールズ」とか日本でもやってましたね)のプロデューサーとしても成功したフレッド・セイバートという人がいるが、彼は若いころ録音エンジニアやジャズやブルースのプロデューサーとしても活動していた。セイバートが録音したコンサートの一つが1973年11月4日に行われたセシル・テイラーのライヴで、その記録が2022年に日の目を見たのがこれ。今ではSpotifyなんかにもある。

といっても後半の2曲は1974年、テイラーの自主レーベルUnit CoreからSpring of Two Blue J’sとしてすでに発表されていたらしいのだが、おそらく多くの人(含む私)は未聴だっただろう。そして問題は1曲目で、何せ演奏時間が約1時間30分に及ぶので、LPはおろかCDにも収まらなかったのである。なのでデジタル配信が向いていたわけですね。セイバートは腕の良いエンジニアだったようで、音質はとても良い。

このコンサートが「リターン」と銘打たれているのは理由があって、実はテイラーは1971年ごろからしばらくニューヨークを離れ、地方の大学で教えていた。同時期のソロ・ピアノの傑作Indentがカリフォルニア・アンチオーク大学でのライヴだったのはそういう経緯による。それがニューヨーク・シティに戻ってきたので、こういうタイトルになったわけだ。テイラー以下、アルトのジミー・ライオンズ、ドラムスのアンドリュー・シリル、ベースのシローン、全員快調である。

最近は(今の)自分が理解できない「つまらない」ものはとっとと見捨てるべしという風潮があるようだが、個人的にはその手の話を聞くといつもテイラーのことを思い出す。実は私自身、昔は全くテイラーが理解できず、でたらめとまでは言わないまでも(ピアノ弾きなのであれが超絶技巧なことくらいはさすがにすぐ分かった)、奇をてらっただけのつまらない音楽だと思っていたのである。それが某ジャズ喫茶で半ば強制的に でかい音量で (ここ重要)聞かされることで、テイラー特有の美意識というか「ノリ」があることがいやでも体得できた。その後はテイラーの大ファンになり、来日時には生で見ることも出来た。人間の好みなど案外あっさり変わるもので、一度分かってしまえば楽しめるものなのだ。そのためには、少なくとも一度は全身前のめりで突っ込むような聴き方をしなければならない。テイラーの音楽は、そうした「努力」に値すると私は思う。

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