ハロルド・メイバーンを振り返る(その1)

2018年から2019年にかけて、たまたましばらくNYC(というかニュージャージー)にいたのだが、夜はジャズ・クラブへライヴをよく見に行った。本日出演として名前を割と良く見かけたのがハロルド・メイバーンだった。

メイバーンが60年代以降のポスト・バップ・ジャズを支えた名ピアニストの一人であることはもちろん知っていたが、正直やや地味と言いますか、まあ後回しでもいいかなと思い、結局一度も見なかったのである。翌年以降は新型コロナ禍で海外へ行くどころではなくなり、精力的に活動を続けていたとはいえすでに80代に差し掛かっていたメイバーンも間もなく亡くなってしまった。やはりこういうのは見られるときに見ないとだめですね。

改めてメイバーンの経歴を振り返ると、1936年3月20日テネシー州メンフィスの生まれ。ピアノは(個人レッスンを受けたことはあるものの)基本独学だったらしい。影響を受けたのはやはりメンフィス出身のフィニアス・ニューボーン・ジュニアで、同年代で地元出身のジョージ・コールマン、フランク・ストロジャーらとはその後も長きに渡り共演した。顔はいかついが人なつっこい性格の人だったようだ。

1959年にニューヨークへ進出したメイバーンの最初の大きな仕事はテナーサックス奏者ジミー・フォレストの伴奏で、All The Gin Is GoneBlack Forrestという2枚のアルバムを録音している。リーダーも快調だが、グラント・グリーンがギター、ジーン・ラミーがベース、エルヴィン・ジョーンズがドラムスという豪華な陣容で、メイバーンのピアノはそんなに目立たないがしっかり仕事をしている。

その後もニューヨークを中心にサイドマン仕事を続けていたようだが、1963年3月には盟友ジョージ・コールマンやフランク・ストロジャーと一緒にマイルス・デイヴィスのグループに加わり、サンフランシスコのクラブにしばらく出演した。しかし結局マイルスのお眼鏡にはかなわなかったようで、Seven Steps To Heavenのスタジオ録音には呼ばれず、マイルスとの録音を残すことは出来なかった(代わりにピアノを弾いたのはヴィクター・フェルドマン)。ということで、ウィントン・ケリーが抜けハービー・ハンコックが入るまでの間マイルス・バンドのピアニストだったのは実はメイバーンだったのですね。

その後の印象的な仕事はウェス・モンゴメリーの伴奏だろうか。Solitude(The Complete Live In Paris)などのライヴ録音もあるが、1965年のヨーロッパ・ツアーに同行したのでメイバーンが映った動画も少しだけ残っている。ニューボーン譲りの両手を使った連打奏法も見られるが、しかし手がでかい…。

次にボスとなったのがリー・モーガンである。有名なLive At The Lighthouseでピアノを弾いているのもメイバーンで、The Bee Hive など自作曲も提供している。体調不良だったのかトランペット自体はそんなに絶好調と言うわけでもないモーガンを補って余りある熱演で、このアルバムの成功に大きく貢献していると思う。この後も付き合いは続き、1972年にモーガンが内縁の妻に射殺された現場にも居合わせたらしい。

モーガンのリーダー作以外でもサイドマンとしてBlue Note録音にいくつか参加している。特に有名なのがハンク・モブレーのDippin’だろうか。まあモーガンも入ってますけど…。

ということで、メイバーンがようやくリーダーとして録音し始めたのは1968年である。すでに30を過ぎていたわけで、ぽっと出でも割と若いうちにリーダー作を録音してしまう当時の風潮からすると遅咲きと言えるだろう。Prestigeレーベルから4枚、A Few Miles From Memphis、Rakin’ and Scrapin’、Workin’ & Wailin’、Greasy Kids Stuffと立て続けに出すのだが、あまり売れなかったんでしょうかねえ、実はCDや音楽配信になっているのは最後の2枚、しかも厳密には言えば単体で再発されたことがあるのはGreasy Kids Stuffだけで(たぶんリー・モーガンが参加してジャクソン5のカバーをやっているからだと思う)、Workin’ & Wailin’はWailin’として2 in 1、しかも時間が足りなかったのか1曲削除という中途半端な形でしか出ていない。おまけに削除されたのが、大方は一番関心を持つであろうマーヴィン・ゲイのカバーだという…。私個人はジョージ・コールマンやバディ・テリーががばりばり吹きまくるデビュー作のA Few Miles From Memphisが一番好きなんですけど。

その後メイバーンのリーダー作はぱったり絶えてしまい、次に録音するのは8年後の1978年である。ドラマーのキノ・デュークが運営していたTridentという超マイナー・レーベルにPisces Callingというピアノ・トリオものを録音していて、時代を反映したシリアスな演奏はなかなか聴き応えがある。この後もたびたび演奏する、故エドワード・リー・モーガンに捧げたEdward Leeなど自作曲も良い。入手は難しいと思うが、なんと昔日本でCD化されたことがある。

さらに7年開いて次にリーダーとして録音するのは1985年、カナダのマイナーレーベルSackvilleにである。特に若い頃のメイバーンは正直そこまでピアニスティックではないというか、がんがん弾くだけで一本調子なところもあったりしたのだが、ソロ・ピアノでライヴ録音という、ジャズピアニストにとっては最高難度のプロジェクトを、熟練の技を尽くして朝飯前とまではいかないにしても昼飯前くらいにはこなしている。CDは正直一度も見たことないが、今ではSpotifyで聞けるのがありがたい。

ということで、手堅いサイドマンとして重宝されていたものの一枚看板にはなかなかなれなかったメイバーンだが、この後一大転機が来るのであった。長くなったので続きはまたそのうち。

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