デヴィッド・サンボーン追悼

デヴィッド・サンボーンが亡くなった。新型コロナ禍が始まってからも自宅にゲストを招きSanborn Sessionsなどやっていたので健在だと思っていたのだが、長年癌を患っていたらしい。若く見えたがもう78歳だったのですね。

サンボーンが若いころワーナー・ブラザーズに残した諸作は家の近所の図書館にいっぱいあったので、子供のころから良く聞いていた。どれか一枚となるとデビュー作Taking Offですかねえ。Way ‘Cross Georgiaという曲が特に好きだった。どうしてくれようというくらいにこぶしを利かせてサックスで歌うサンボーンが良いのである。

あとは5作目Hideawayか。ちょっと古さを感じなくも無いが、ノリノリのAnything You Wantが格好いい。

見た目もそれなりに男前だし、スムース・ジャズとかクロスオーバーとかフュージョンとか、とかく軟派な売れ線狙いという扱いを受けることも多かったと思われるサンボーンだが、若い頃はJ.R.モンテローズやロスコー・ミッチェル、ジュリアス・ヘンフィルに師事したというくらいで、硬派なジャズでも実績があるし、サックス吹きとして史上屈指のスタイリストでもあった。何せサンボーンの前に彼のように吹く人はおらず、逆にサンボーン登場後は、ポップスの文脈でアルトと言えばみなサンボーン風に吹くようになったのである。ビバップの影響をほとんど感じさせない独自のフレーズで情感豊かに歌い上げるというという意味では、ある意味ジョニー・ホッジズの後継者ということになるんでしょうか。

ホッジズはデューク・エリントンの看板アルトだったが、R&Bやロックでデビューしたサンボーンはギル・エヴァンスのオーケストラでしばらくリードアルトを務めていた。サンボーンが辞めた後もギルはクリス・ハンターとかサンボーンぽいところがある人をアルトサックスに据えていたので、よほど好みだったんでしょう。サンボーンが活躍する作品としてはPriestessあたりが代表作か。音楽配信も無いしCDも手に入りにくいのが難点だが…。

そういえば今回サンボーンが亡くなって初めて知ったのだが、1974年、イタリアでギル・エヴァンス・オケがツアーをやったときの動画というのが残っていて、なんとソニー・スティットが飛び入りでソロを吹いている。毛むくじゃらの若きサンボーンが立ち上がって吹きまくる中、のそっと出てきたスティットが、たぶん曲知らないのに、若えのなかなかやるじゃねえか、でも俺様が手本を見せてやるとばかりに張り切っているのがおもしろい。スティットはおそらく知らず、サンボーンもそんな素振りは全く見せないが、実はサンボーンは子供の頃スティットのソロをコピーしていたくらいで、彼のあこがれの一人だったのである。こうやって伝統というのは伝えられていたのでしょうね。

世界で一番売れるアルト吹きになったあともたまにサンボーンはジャズ・プロジェクトに取り組んでいたが、どれもきちんとツボを押さえていた。特に1991年のAnother Handは誰もぐうの音も出ない ジャズの 傑作である。いわゆる普通のサンボーンのファンには全くウケなかったと思うが…。

次作のUpfrontでは、ポール・ブレイも演奏していたオーネット・コールマンの曲Ramblin’まで(なぜかファンク・アレンジで)やっている。サンボーンなら、当時のオーネットのハーモロディック・バンドに飛び入りしても、いつもの調子で吹ききってしまうのではないかという感じもしますね。

なお、1993年にはジュリアス・ヘンフィルの兄弟弟子ということになるティム・バーンが、互いの師に捧げたDiminutive Mysteries (Mostly Hemphil)に参加していた。

以前も書いたが、売れっ子の特権でもあり半ば義務でもあるのは、売れていないのをフックアップして、非主流派に機会を与えるということだと思う。サンボーンは見事にそれをやってのけた。80年代末にはNight Musicという人気テレビ番組の司会、インタビュアーとハウス・バンドのリーダーを務め、マイルス・デイヴィスからファラオ・サンダース、サン・ラーまで連れてきたのである。ジョン・ゾーンら当時のニューヨーク・アンダーグラウンド・シーンの面々も、この番組に出たことがその後のキャリアに大きく影響したはずだ。もちろんハル・ウィルナーらブレーンの的確な助言もあったのだろうが、ポップスからアヴァンギャルドまでどんな球が来ても打ち返せるサンボーンの力量と、そして何よりも、自分が勝手知ったる世界の外にも豊かな世界はいくらでも広がっているのだという、ある意味力量があればあるほど一番納得しにくいことをわきまえた知的謙虚さが大きな役割を果たしていたに違いない。

ファラオ・サンダースと。同じ回では故ラサーン・ローランド・カークを映像まで使って紹介していた。

サン・ラーと。「あなたが音楽的に影響を受けたのは?」と聞くサンボーンに、サン・ラーが「地球、創造主、神話の神々、 本物の 神々、人々、花、自然界の全て…」と返すのが最高に良い。

サンボーンの晩年の作だと、ボビー・ハッチャーソンやジョーイ・デフランシスコと組んで一歩も引かないEnjoy The Viewが面白かった。ハッチャーソンはともかく、そんな年でもなかったデフランシスコすら亡くなってしまったが…。

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