Some Other Time: The Lost Session From The Black Forest / Bill Evans
ビル・エヴァンスは好きだが熱狂的なファンというほどではないし、彼の魅力や偉さはもう十分分かっているので、CD2枚組だしパスしようかなと思っていたのだが、好奇心に負けてつい買ってしまった。
このアルバムには3つの特長があると私は思う。
- (ほぼ)未発表のスタジオ録音であること
- 60年代MPSレーベルの録音であること
- 名盤At The Montreux Jazz Festivalの5日後の録音で、ジャック・ディジョネットがドラムスに入っている唯一のスタジオ録音であること
1つ目に関して言うと、エヴァンスは正規盤、ブートレグ合わせて膨大な数の音源を残しているが、意外とスタジオ録音が少ない(というより、ライヴ録音がやたら多い)。最高傑作と目されるWaltz For Debby がヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ録音であることが象徴するように、彼の本領が発揮されるのは観客がいるライヴの場だと私は思っているのだが、スタジオ録音にはまた別の落ち着いた魅力がある。
2つ目は1つ目とも関連するが、エヴァンスは卓越したピアニストだったにも関わらず、ピアノの音色がきちんと録音されたことが少ない。ライヴ録音だと機材等に限界があるし、スタジオ録音にしてもリヴァーサイドなど資金力に限界のある中小レーベルにいた時期が長かったため、ベストとは言えない状況下で録音していたという感がある(当人も、多くの場合録音はクスリ代稼ぎくらいにしか考えていなかったようだし…)。
その点MPSはドイツ魂と言いますか、冗談でMost Perfect Soundの略と言われるくらい(本当はMusik Produktion Schwarzwaldの略)録音技術に定評のあるレーベルで、とりわけピアノの録音に優れた手腕を発揮した。オスカー・ピーターソンやハンプトン・ホーズがMPSに残した録音には、音色のせいで彼らの演奏の印象そのものが変わってしまうようなマジックがある。エヴァンスの場合さすがにそこまで印象が変わるということは無いが、やはり自然な透明感のある綺麗な音に録れている。ピアノ自体、ちゃんと調律された高いスタインウェイだし、ベースやドラムスとのバランスも良い。ちなみに、トリオ以外にベースとのデュオやピアノソロでも演奏している。
3つ目について言えば、「お城ジャケット」で有名なモントルー・ジャズ・フェスのライヴはエヴァンス屈指の名演として有名だが、あの成功は若きディジョネットの生き生きとしたドラミングに拠るところが大きい。このトリオは、ディジョネットがマイルスに引き抜かれたので半年ほどで消滅することになり、若干の例外を除いてはモントルーのライヴがほぼ唯一の録音と考えられてきた。それがCD2枚分、しかもスタジオ録音でいきなり出てきたわけで、これは大ニュースとなるわけだ。
ちなみに後年エヴァンスは、クラウス・オガーマン編曲のオーケストラと組んだSymbiosisという作品をMPSに残しており、これがエヴァンス唯一のMPS録音だとされてきた。一方、1972年のMPSの販促用非売品サンプラーMPS Variation ‘73には一曲だけ、1970年の録音とされたTurn Out The Starsが入っていて、コレクターズ・アイテムになっていたそうなのだが(もちろん私は持っていない)、どうもこちらのサイトによると、今回発表されたものと同じ音源のようである。未発表と言いつつ、一曲だけすでにしれっと公表していたのですね。
演奏内容はというと、モントルーのライヴと同質のメリハリの利いたピアノだが、どこかリラックスした雰囲気が漂っている。普段着のエヴァンスという感じである。この音源がお蔵入りしたのは、一応建前としては当時のエヴァンスがヴァーヴと専属契約していたからだが、そうでなくても公表はあまり考えていなかったような気がしなくもない(ディスク1相当の音源は、一応出す予定で曲の順序等も決めていたそうだが)。そもそも公表できないことはエヴァンスも分かっていたはずで、おこづかい付きリハーサルという性格が強かったのではないか。そのせいか、レパートリー的にも当時の定番ではない珍しい曲(例えばBaubles, Bangles and Beads)が取り上げられていて、今となっては逆に新鮮味がある。
音源を見つけて発売にこぎつけたのはゼヴ・フェルドマンという人で、以前書いたXanaduレーベルの再発を手がけているのも彼らしい。昔は発掘男というとマイケル・カスクーナだったのだが、最近はこの人がいろいろ活躍しているようだ。しかし、まだまだあるところにはあるんですねえ。
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