The Topography of the Lungs

一切の音楽スタイルを拒否することで、逆に唯一無二の個性を獲得したのがデレク・ベイリーだ。他人について「デレク・ベイリーのような」という形容は出来ても、ベイリー自身を「○○のような」と形容するのはむずかしい。

ジャズやポップス、現代音楽といったある程度確立されたジャンルとの類似を徹底的に拒否するということは、結局ピキーとかギャーンとか、そういうギターから出せる無規則(ノン・イディオマティック)なノイズだけで勝負するということに他ならない。人間はパターンを認知して喜ぶ生き物だし、普通はこんなもの楽しめる「音楽」にはならないと思うが、それが出来たのはベイリーの広汎な音楽的教養の賜だろう。何かしらにじみ出てくるものがあるわけですね。あと、単純にベイリーの出すノイズ自体が気持ちが良いというところもある。電車のガタゴトが気持ち良いとか、車のエンジン音が気持ち良いとか、そういうのに近い世界ですが…。

といいつつこの有名な1970年の作品を最近まで聞いたことがなかったのだが、たまたまCDを安く手に入れたので聞いた(中古価格はえらい高騰している)。伝説の前衛レーベルIncusの1枚目だが、共同創立者のベイリーと(ここでも共演している)エヴァン・パーカーはずっと仲違いしていたらしく、2005年にベイリーが亡くなってようやく再発されたということらしい。ただ既発部分のマスターテープはすでに無くなっており、日本で見つかった(!)ミントのLPからの起こしのようだ。そのくせ既発でない部分はなぜかテープがあったらしく、アウトテイクが2曲追加されている。

デレク・ベイリー、エヴァン・パーカー、ハン・ベニンクのトリオによる演奏だが、結局三者をくっつけているのはベニンクのドラムスのような気がする。ベイリーもパーカーもそれなりに相手の反応というか手の内を窺っている感じはあるのだが、意図して無関係な音を出しているわけで、まあこれもインタープレイと言ってよいのか…。とはいえ、常に相手の裏を掻いてやろうというユーモラスな気分は濃厚に感じられてそこがちょっと楽しい。そしてベイリーもパーカーも、あるいはベニンクも、器楽奏者として非常に優れているので、出す音が単純に気持ちよい。完全に自由な音楽、といって良いと思うけれど、なんだか自由についていろいろ考えさせられる音楽でもある。

comments powered by Disqus