横歩取り超急戦のすべて / 飯島栄治
子供のころ愛読していた将棋の本に超急戦!!殺しのテクニック というのがあった。いわゆるハメ手というか奇襲戦法を多く紹介というありがちな本だが、本のタイトルも派手なら各セクションのタイトルも派手で、やれ「鎖鎌銀相討ち事件」やら「四間飛車に贈る鎮魂歌(レクイエム)」やらとミステリ風に凝った章題が付けられており、棋書らしからぬ洒落っ気を見せていたものだ。
中身も単なる紹介に留まらず、技をかけられた相手のどこがまずかったのか、さらには「サバイバルテクニック」と称して相手が最善の対応をしてきたときにこちらはどうすればよいのかまで載せていて、至れり尽くせりである。先日書庫から発掘したので十数年ぶりに読んでみたが、内容もさることながら文章が極めて読みやすく、レイアウトも含めて意外なほど古びていないのに驚いた。著者の横田稔は後に体調を崩して早世したと聞くが、惜しい人を亡くしたものである。なんとか再刊されないものか。
で、話はいきなり変わるのだが、最近第3回将棋電王戦を見たんですよ。コンピュータに勝った豊島戦、負けた屋敷戦、どちらも横歩取りだったが、あれを見てなんだか横歩取りに興味が湧いてきてしまったのである。だって楽しそうなんだもの。
横歩取りは、私のようなオールドスクールの振り飛車党にとっては最も遠いところに位置する戦型だと思う。研究勝負で一手間違えると崖から真っ逆さま、というのはしょうがないにしても、そもそも空中戦は感覚的によく分からないところがある。その一方で私はなまくらながらチェスも指すのだが、チェスはキングとポーン以外基本全部線駒ということもあり、感覚がどことなく似ていて分かるような気がしなくもない(どっちなんだよ)。
で、話はまたもや変わるというか最初に戻るのだが、件の「超急戦!!殺しのテクニック」最後の4講は、実は横歩取りのハメ手の話なのだった。「相横歩取りの決闘」「ヘンタイ横歩取り事件」「夢幻世界横歩取り4五角」「横歩取り通り魔事件」と、まあ章題を見ても内容はさっぱり分からないと思うが、ようは相横歩取り、5筋を突き合ったケース、いわゆる△4五角戦法、後手が飛車先を換えないケース、ということですね。当時は横歩取りなんか全然興味がなかったので読み飛ばしていたのだが、今になって読み返すと肉を切らせて骨を断つという感じの華々しい指し手が飛び交い、実に楽しそうである。特に△4五角戦法に関しては、執筆当時流行っていた戦法だったということもあるのか、「飛車角四枚が盤面に乱舞する心臓が高鳴るような戦い!」「将棋というゲームでしか味わえないスリリングな戦いを見ていただこう」と、横田の筆致にもいよいよ熱がこもっている。
ということでようやく本題に入るのだが、最近になって横歩取りのハメ手というか超急戦の本が出たというので買ってみた。著者は私と同い年の中堅棋士である飯島栄治で、ベテラン観戦記者の鈴木宏彦が構成を担当しているようだ。Kindle版もあるというのが今風ですね。
飯島も「悪魔的な魅力を持った戦法」と言う△4五角戦法の話がメインで後半を占め、その結論を含みにいわばイントロとして△3三角戦法と△4四角戦法の話がつくという内容で、私のようなトーシロにも非常に分かりやすい。巻末にはポイントを復習する次の一手問題が18問と、本文で出てきた指し手を分岐ごとに整理したチャートまで付いている親切設計。先日取り上げたすぐ勝てる!急戦矢倉もそうだったが、最近の(特にマイナビから出る)棋書はほんとレベルが上がったというか、質が良くなりましたねえ。
ひとくちに横歩取りと言ってもいろいろあって、まだ結論が出ていないものもあれば詰みまでほぼ研究し尽くされている分かれもあるのだが、実は△4五角戦法に関して言えば、正確に先手が指せば後手が不利ということで大体コンセンサスがとれている。だからハメ手なわけで、そもそも横田本が書かれた1988年の時点からこの結論はあまり変わっていないのだが、問題は「正確に」というところである。先手の正解手がどうにも直感に反するものだったり、あるケースで最善だったのが他のケースではいきなり敗着になってしまうなど、ちょっとした違いで後手が有利になる変化が多く隠れているのだ。将棋でメシを食うプロなら全部覚えろというだけの話だろうが、アマのそれも底辺レベルなら、一発勝負の初見では到底全て対応し切れまい。そりゃ地雷原だろうがなんだろうが「正確に」歩けば突破できるに決まっているが、ひとつでも地雷を踏んだらサヨウナラ、というのと同じである。ちなみに将棋ウォーズで機会を捉えて数局指してみたが(なかなか横歩取りに乗ってくれる先手がいない)、正確に対応できる人はほとんどいなくて、まあこちらもどうせどこかでしくじるので大方はドロドロの力戦になって終わるというパターンが多い。
「横歩取りハメ手定跡の最終形」という触れ込みの本書、実際細かく検討されているのだが、水面下ではまだまだ秘手が多く眠っているとも聞く。続刊も予定されているようなので期待したい。
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