リー・コニッツ

このところ音楽関係者も次々と新型コロナウイルスの犠牲となっているが、リー・コニッツも亡くなってしまった。去年くらいまで普通にライヴで演奏していたので突然の死という感じもするが、改めて考えてみるととうに90歳を越えていた(享年92)わけで、怪物である。

チャーリー・パーカーを別とすれば、コニッツは私が最も好きなアルト・サックス奏者なのだが、コニッツの良さはなかなか伝わりにくいというか、とっつきにくいところがあるとは思う。その理由の一つは、たぶん彼のスタイルがジャズ・アルト・サックスの主流と明確に異なるからだろう。ほぼ全てのアルト吹きが多かれ少なかれチャーリー・パーカーの影響下にあったと言って良いビバップ以降のジャズの歴史において、コニッツはパーカーとは全く違う、しかし同じくらい魅力的な音色とフレーズ、タイム感、そして美学を備えた数少ないスタイリストだった。個性的である、というのは、少なくとも私にとってはジャズにおける最も重要な価値基準なのだが、コニッツはその点、史上最高ランクにある。ちなみにコニッツとパーカーは7歳違うが友人同士で、パーカーが晩年に録音したRelaxin’ With Leeは、確証はないもののコニッツにちなんだタイトルではないかと言われている。

バード・アンド・ディズ+3

さて、コニッツがプロになったのは1945年だというが、最初の重要な仕事は1947年のクロード・ソーンヒル・オーケストラの録音ではないかと思う。ギル・エヴァンスがアレンジャーだったことでも知られるこの楽団で、若干二十歳のコニッツは早くも個性的なソロをとっている。

Real Birth of.

Anthropologyのような典型的なビバップ曲の、全くビバップ的ではないふんわりした解釈は、ある意味コニッツの独壇場ですね。ソーンヒルのピアノ・イントロも印象的。

コニッツと言えば、これまた孤高のピアニストであるレニー・トリスターノとの師弟関係と、同じくトリスターノの高弟だったテナー・サックス奏者ウォーン・マーシュとの関係も重要だ。彼らは1949年前後にかなりの数の録音を残しているが、どれもビバップの方法論を大筋で踏襲しつつ、ビバップとは全く異種の、いわば醒めた熱狂とでも言うべき感覚を表出していて、録音から60年以上経つ今聞いても未だに新鮮味がある。トリスターノとその一党の演奏は「冷たい炎」と形容されたりするが、個人的には彼らの演奏を聴くたびになぜかペパーミント・ガムの味がよみがえってくる。

Intuition by Lennie Tristano (1996-10-15)

その後も折に触れてコニッツはトリスターノと共演していたが、トリスターノが私塾での教育に力を入れてライヴをしなくなったということもあり、関係は60年代にはフェードアウトしたようだ。これは最末期の共演記録で、当時の彼らの様子が分かる貴重な動画である。何があったのか知らないがトリスターノのピアノがえらい殺気立っていて凄まじい。

ちなみにトリスターノが忙しくて出られないときに穴を埋めたのがビル・エヴァンスで、そのライヴの記録も残っている。ドラムスはポール・モチアン。

リー・コニッツ・ウィズ・ビル・エヴァンス・アット・ハーフ・ノート(紙ジャケット仕様)

ソーンヒルやトリスターノとの仕事を買われてか、コニッツはマイルス・デイヴィスに誘われいわゆる「クールの誕生」セッションにも足を突っ込むことになる。ソーンヒル楽団の同僚だったジェリー・マリガンと比べると出番は少ないが、アンサンブル・プレーヤーとしても十分な力量を備えていた、とは言えようか。スタン・ケントン・オーケストラにもいたのでまあ、当たり前だけど…。

Birth of the Cool

マイルスはコニッツを気に入っていたようで、「クールの誕生」の録音後もわざわざ呼んで共演している。どちらかというとマイルスがコニッツのサイドマンみたいな感じではありますが…。

Conception

ちなみにコニッツ当人はあずかり知らぬ話だが、マイルスが1962年のプレイボーイ誌のインタビューでコニッツについて言及したコメントがあって、私はそれがとても好きだ。本当にくだらない、あきれたという風情で吐き捨てるマイルスの様子が目に浮かぶようである。

前にリー・コニッツを雇ったとき、ニグロのミュージシャンは仕事がないのにリーみたいな白ンボをバンドに入れたというので、私に文句を言う黒人がいっぱいいた。そういう連中に私は、リーみたいに吹ける奴がいれば誰でも雇うと言ったんだ。そいつが全身緑色で赤い炎をちろちろ吐いていたとしてもね。

まあ、厳密にはコニッツはユダヤ人で、白人ではないのだが…。

1945年から2020年まで、実に75年ものキャリアを誇るコニッツだが、思えばコニッツが最もコニッツらしく魅力的だったのは、1950年代だったように思う。この時期は傑作揃いで、私はしょっちゅう聴いているが、なんといっても独特のアルトの音色が素晴らしい。元来パワーで押すタイプではないのだが、それでも若いころの演奏は力感がみなぎっていて、スピードと絶妙の力の抜け加減が独特の屈折した美に華を添えている。

まず挙げられるのが1954年のライヴ盤、At StoryvilleとIn Harvard Squareで、あまり知られていないと思うが、個人的には甲乙つけがたい。

Jazz At Storyville & Konitz イン・ハーヴァード・スクエア

その後1955年から57年にかけてAtlanticレーベルに残した諸作品がおそらくキャリアの頂点で、これまた甲乙つけがたいのである。

まずはウォーン・マーシュとの共演盤。別に名前に引きずられているわけではないのだが、マーシュの演奏はふわふわとつかみどころがなくてなんだかマシュマロっぽい。このころの二人の演奏は比較的似ているのだが、この後コニッツの演奏はより鋭角的になっていく。

Lee Konitz With Warne Marsh by Lee Konitz (1999-06-22)

ちなみに同時期の彼らの動画が無いかとYouTubeを探してみたら、マーシュとの1958年の録画が残っていた。ピアノを弾いているのはなぜかビリー・テイラー。

この時期どれか一枚となるとInside Hi-Fiですかねえ。トリスターノ組で一緒だったビリー・バウアーの特異なギターが光る。どんなセッションでもバウアーが入ると、一種独特の、異教の儀式のような雰囲気が醸し出されて面白い。

Inside Hi-Fi

個人的によく聴くのはこのThe Real Lee Konitzだが、一般向けかというとやや微妙か。というのも、これはライヴの録音をコニッツ自身が編集したものなので、曲の頭がなかったりフェードアウトしたりするのである。演奏内容自体は軽やかで極上なのですが。

Real Lee Konitz

同時期の未発表録音を集めて出したのがWorthwhile Konitzで、これもなかなかよい。録音のせいか妙に生々しいというか、アンニュイというか、コニッツにしては感情移入の激しい演奏が含まれているように思える。日本主導の企画だったと聞くが、後年Atlanticレーベルの倉庫が火事になってセッションテープがあらかた燃えてしまったことを考えると、これらの優れた演奏が生き延びたのはある意味奇跡ともいえる。単品でCDになったことはないのではないかと思うが、昔Mosaicからトリスターノやコニッツ、マーシュのAtlantic録音をまとめたボックスセットが出たときに一緒にCD化され(私が持っているのはそれ)、そこから流れた音源が今はMP3で手に入るようだ。

The Complete 1956 Quartets

1957年からのVerveレーベル期になると、それまでのヒリヒリするような緊張感が少し薄れて、演奏がよく言えばまろやか、悪く言えば若干緩んできたような気がするのだが、人によってはむしろこちらのほうがとっつきやすいかもしれない。1957年のVery Coolは、氷に囲まれたジャケット写真でタイトルはベリー・クールなのに、割と温かみのある演奏である。パーカーの代表的な曲を何のひねりもなく演奏しているのに、全然パーカー的ではないのが面白い。

The Very Cool Lee Konight

バウアーと再び組んだTranquilityはピアノレス・カルテットという編成で、これもよい。後で出てくる最晩年の演奏に最もダイレクトにつながる世界かもしれない。

トランキリティ

60年代に入るとコニッツはアル中になったり渡欧したりと身辺が騒がしくなり、そのせいか演奏のクオリティにも若干ムラが出てきたように思うのだが、調子が良いときは相当な傑作を残している。1961年のMotionは、豪傑エルヴィン・ジョーンズをドラムに据えたピアノレス・トリオという、なんといいますか逃げ場のない編成で、ハードコアに吹き倒している。剣豪同士の真剣勝負という感じである。普通に手に入るのは1枚もののCD(かMP3音源)だと思うが、大昔出たCD3枚組のコンプリート・セッションを見つけたらそちらを買ったほうが面白いと思う。

Motion

1965年、デンマークでのビル・エヴァンスとの共演。音楽の天才でまじめそうな風貌の割に中身はヤク中で結構ぐちゃぐちゃというあたり、この二人は共通点が多かったと思う。

70年代はSteepleChaseやMPSといった欧州レーベルに数多く録音していて、ものによっては音色に艶に欠けるというか、油が切れているような演奏がなくもないが、良いものはよい。

特にコール・ポーターの曲を取り上げた1974年のI Concentrate On Youは傑作だ。レッド・ミッチェルのベースとのデュオという難しい編成だが、華麗なのに歌詞も曲調も全くベタベタしたところがないポーターの曲は、同じく感傷を過度に演奏に持ち込まないコニッツの資質に合っていたのだと思う。

I Concentrate on You

同年のLone-Leeは、タイトル通りコニッツだけのサックス・ソロといういよいよ聴く人を選ぶ作品だが、私は結構好きでよく聴いている。単音楽器のサックスで1曲40分近く持たせるというのは、音そのものに相当な魅力がなければできない荒技だ。語るべきストーリーがあるとでも言いますか。

Lone-Lee

80年代以降もコンスタントに活動を続けていたコニッツだが、ある意味最も脚光を浴びたのは最晩年の2000年代かもしれない。ゼロ年代ということは年齢的には70代後半から80代とまごうことなき後期高齢者だったわけだが、ニューヨークを中心にライヴも録音もと積極的に活動していた。若手や中堅との演奏も多かったが、単なる老大家の名義貸しという感じではなく、まあサックス吹きとしては年相応に衰えてはいるんだが、創造性というかフレッシュな感覚は最晩年まで失われなかった。

ようするに、ビバップやハードバップの延長線上にあるオーソドックスなジャズが完全に行き詰まり、何か違うことがやりたいという意欲的な若手が他の可能性を探すと、元々主流から離れたところでずっと自分の音楽をやっていたコニッツが自ずと再発見されたということなのだと思う。スタンダード曲を吹く演奏も枯淡の境地という感じで悪くなかったが、個人的にはギタリストのヤコブ・ブロと組んだ演奏が、若き日のコニッツがやっていたクールな演奏と現代ジャズを直接つなぐアブストラクトな美に満ちていて聴き応えがあった。「クール・ジャズ」というのは濫用されがちなレッテルだが、本来はこういうもののことなのだと私は思う。

December Song

リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡

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