渡辺香津美のMOBO時代

80年代中盤、渡辺香津美が「MOBO」を冠して発表したアルバムがいくつかあって、子供のころよく聞いていた。といってもリアルタイムではなく、近所の図書館にCDがあったので借りて聞いたのである。

今思うと、この時期の渡辺のMOBOものからジャズに「入門」したのは運が良かった。理由はいくつかあるが、音楽的水準が高いのはもちろん、とっつきやすい割にバラエティにも富んでいたというのがまず挙げられる。曲調がジャズありフュージョンあり、ロックありプログレありレゲエあり民族音楽調ありだし、メンツも多彩でフリージャズ人脈まで参加していた。表面的なスタイルは様々でも全体を貫くのはあくまでジャズっぽい緊張感で、今聞いても聞きどころが多い。

MOBOのはじまりは1983年ニューヨーク録音のMOBOで、マーカス・ミラーとオマー・ハキム、ロビー・シェイクスピアとスライ・ダンバーという当時世界最先端のリズム隊2組を軸にマイケル・ブレッカーらステップス人脈も配して丁々発止を繰り広げている。筋肉質というか贅肉を極限までそぎ落としたような演奏で、まあミラーがいるから当たり前だが復帰後のマイルス・デイヴィスぽいところもある。だんだんエンジンがかかってくるというか、後半になればなるほど盛り上がりますね。

次は1984年のMOBO倶楽部で、個人的にはこれが一番愛着が深い。前作と違って日本人中心のメンバだが印象に残るのは坂田明で、といってもサックスではなく「サッちゃん」におけるヴォーカルというか訳の分からない語りには参った。MOBOもそうだが、ジャケの写真やタイポグラフィといったアート・ディレクションもビシッと決まっている。おまけに今ごろ気づいたが録音はオノ・セイゲンだったんですね。よくも悪くもモノトーンだった前作と違いカラフルな演奏で、個人的には「Circadian Rhythm」の出だしの強烈なスウィングが好きだった。

更に第三弾となったのが1985年のMOBO Splashで、前作同様グレッグ・リー=村上ポンタ秀一のリズムを軸に梅津和時や井野信義といった日本ジャズの重鎮が加わり、マイケル・ブレッカーやデヴィッド・サンボーンがゲストで入るという豪華版。そこはかとなくセロニアス・モンク風に遊んでみたり、プログレというかキング・クリムゾンの影響を露わにしてみたり、相変わらず引き出しが多い。個人的にはこれが一番時代を感じるような気もする。

後年のレゾナンス・ヴォックスもそうだったが、渡辺はプロジェクトの締めくくりはライヴで打ち上げるということにしているのか、MOBOの最終はライヴ盤の桜花爛漫である。ジャズ関係としては坂田や梅津に加え、片山広明や向井滋春まで増強されたホーンズで分厚くお祭り感を盛り上げている。最後を締めくくるタイコ乱打の「風連」も良い。なんというか、渡辺自身の充実に加えてなんとなくバブル前夜の日本の上り調子な感じが冷凍保存されたようなところもあって、今聞いても元気が出る一枚だ。

渡辺は近年までいつ見ても若いという感じで活躍していたが、最近病に倒れて闘病中と聞く。なんとか元気になってほしいものである。

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