ギル・エヴァンスとリー・コニッツ、ヒーローたちとアンチ・ヒーローたち

ギル・エヴァンスと管楽器奏者のデュオというと、最晩年の1987年にスティーヴ・レイシーと録音したParis Bluesが有名だが、個人的には1980年にリー・コニッツとライヴで録音したHeroesAnti-Heroesが好きだ。というか、昔は良さがよく分からなかったのだが最近好きになった。深夜に一人で聞くのにここまでふさわしい音楽は他に無いと思う。Heroes、Anti-Heroes、どちらも配信されていないしCDも高騰していて入手しにくく、YouTubeにすら音源がほとんど無いのが残念でならない。

ときに今ごろ気づいたのだが、特にHeroesのほうは、本当にエヴァンスとコニッツにとっての音楽的ヒーローたちへの捧げ物になっている。もちろんほのめかす程度でストレートに言及しているわけではないのだが、たぶん間違いない。もう一つこちらも最近気づいたのだが、プロデューサーがジョン・スナイダーなのですね。録音から10年以上経って、エヴァンスが亡くなった後にようやくVerveから発表されたのだが、おそらく元はスナイダーが運営していた、意欲的な作品作りで知られるArtist Houseレーベルのために録音されたものなのだろう。

Heroesには8曲収録されているが、

  1. Prince Of Darkness

    これはウェイン・ショーターの曲で、プリンス・オブ・ダークネスというのはマイルス・デイヴィスのことだが、エヴァンス、コニッツ、両名ともマイルスとは少なからぬ因縁がある。エヴァンスのピアノについてヘタクソという批判は多いが、ショーターが元々設定した曲調とはだいぶ違うここでの異様に醒めた空気は、明らかにエヴァンスの訥々としたピアノが生み出したものだ。オーケストラでもそうだったが、ただの一音で音楽の雰囲気をがらっと変えてしまうマジックはエヴァンス特有のものですね。

  2. Reincarnation of a Love Bird

    チャールズ・ミンガスがバードことチャーリー・パーカーを念頭に書いた曲。パーカーへの捧げ物であると同時に、両名とも付き合いが深かったミンガスも念頭にあるのだろう。エヴァンスはParis Bluesでもこの曲を取り上げている。

  3. Aprilling

    これはコニッツが書いた曲で、ようするにI Remember Aprilだが、この曲を即興の素材として良く演奏していたのがかつてコニッツも一員だったいわゆるトリスターノ派だった。だから、レニー・トリスターノ、あるいはウォーン・マーシュへの捧げ物なのだと思う。

  4. What Am I Here For?

    デューク・エリントンの曲だが、これはもちろんデュークへの敬礼なんでしょうね。

  5. All The Things You Are

    この曲はある意味ビバップのアンセムで、特定の一人へというよりは、エヴァンスもコニッツもその創世に関わったビバップというムーブメントへの敬意ということなのではないか。

  6. Prelude No. 20 in C Minor, Opus 28

    これはショパンの有名な前奏曲で、人ではなくジャンルに敬意を払った前曲からすればクラシックというジャンルへの敬礼ということかもしれないが、個人的にはバド・パウエルへの捧げ物なのではないかと思う。パウエルが弾いたクラシックというとバッハが有名だが、この曲も何度かプライベートで録音しているのである。また、パウエルの荘厳な和声感覚はショパンに負うところが多いのではないかという気もする。

  7. Blues Improvisation / Zee Zee

    後半のZee Zeeはエヴァンスの作曲だが、これはジャズのルーツであるブルーズへの敬意ということなんでしょうね。

  8. Lover Man

    これは明らかにビリー・ホリデイへの捧げ物だろう。

続編のAnti-Heroesは拾遺集という性格が強いようでHeroesほどまとまった編集意図は感じられないが、やや無理にこじつけると、

  1. Orange Was the Color of Her Dress, Then Blue Silk

    改めてこれは作曲者ミンガス自身への捧げ物だろう。これもParis Bluesでレイシーと再演していた。

  2. The Moon Struck One

    ロビー・ロバートソンというかザ・バンドの曲だが、エヴァンスかコニッツが個人的に好きだったんですかね。あまり接点は無かったようだしなぜこれを取り上げたのかはよく分からない。

  3. Drizzling Rain (驟雨)

    エヴァンスと付き合いのあった菊地雅章の曲。エヴァンスはオーケストラでも取り上げていた。

  4. Gee, Baby, Ain’t I Good to You

    1930年代に良く演奏されていた曲なので、これはおそらくビバップ以前のスタイルとしてのスウィングへの敬礼なのだろう。ちょっと苦しいかな?

  5. The Buzzard Song

    かつてエヴァンスがオーケストラでも取り上げていた曲だが、作曲作詞したガーシュイン兄弟がテーマなんじゃないですかね。ちなみにライヴに生で参加していた人によれば、当日はSummertimeなんかも演奏したらしい。おそらくまだ未発表テイクはあるのだろう。

  6. How Insensitive

    ボサノヴァというジャンル、あるいは作曲したアントニオ・カルロス・ジョビンへの捧げ物か?

  7. Copenhagen Sight

    エヴァンスの自作。最後は(おそらくプロデューサーのスナイダーが)アルバム発表時にはすでに亡くなっていたエヴァンスに捧げたのではないか。

個人的に「○○に捧げる」というようなトリビュートものはあまり好きではないのだが(大体故人の本質とは似ても似つかない好意の押しつけというか、冒涜にしかならないと思う)、関係あるようなないような、曖昧なあわいから立ち上るなんとも言えない感情は、逆にエヴァンスとコニッツの音楽的なコアを浮かび上がらせているようにも思う。だから、これらは結果として彼ら自身のポートレイトにもなっているわけですね。

Paris Blues

ある意味続編とも言える、レイシーと組んだParis Blues。エヴァンスはこちらではエレピを弾いている。

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