踏み絵としてのマイルス・デイヴィス

先日、ピアニストのイーサン・アイヴァーソンが、一般にマイルス・デイヴィスの傑作とされる三作に関し、次のような一連のツイートをして物議を醸していた。

まあ半分冗談だろうが、ようするに

  • In A Silent Way の重要性は認めるが、好きではない。

  • Kind Of Blueはよく出来ているが過大評価(ジャッキー・マクリーンもそう言っていた)。

  • 多くのジャズ・ファンは同時期の Milestons のほうがはるかに優れていると見なしている(アイヴァーソン自身は甲乙付けがたいとしているが)。

    ということだろうか。

    こういうのはとりあえず自分の耳で確かめたほうが良いので、聞いたことがなければ以下を読む前に実際に聞いてみてください。

In A Silent Way

Kind of Blue

MILESTONES

で、私はと言えば、実のところアイヴァーソンに近い意見なのである。というか、私はIn A Silent Wayも好きで、今でも一ヶ月に一度くらいは聞いているのだが、ジャズとしてではなく、別のカテゴリの音楽として聞いているように思う。ちなみにロックやクラシック畑の人でIASWをフェイヴァリットとして挙げる人は多い(確かジャクソン・ブラウンが、無人島に持っていく5枚に入れていたはず)。一応付言すれば、アコースティックかエレクトリックか、という話ではない。私などは、どちらかといえば70年代以降の電化マイルスのほうが好きなくらいだ。

Kind Of Blueに関しても似たようなことが言えて、あれはとにかくジャズ史上最も売れたアルバム(1000万枚以上売れているはず)だし、いわばジャズを代表する一枚なのだが、では「ジャズっぽい」かといえばそうでもないように思うのである。というか、むしろジャズっぽくないのであれだけ売れたのではないかというのが私の理解だ。

ではジャズっぽさとはようするに何なのよということで、それをうまく説明できずに幾年月という感じだったのだが、最近予想外なところからヒントを得た。

物語の「トンネル」を通りたくない人は意外と多いのかもしれないというブログ記事がそれだが、ようは、緊張感あふれる波瀾万丈がジャズっぽさの根本なのに、それがイヤな人が案外世の中には多いということなのではないかと思ったのである。私のようなものにとっては、波瀾万丈でなければ退屈だし、波瀾万丈だからその先にカタルシスがあるわけで、それが無ければジャズに限らずわざわざ芸術作品を鑑賞する必然性が感じられないのだが、そういう馬鹿は実は少数派なのかもしれない。

Kind Of Blueは非常に精密に構成されていて、各人のソロがジグソーパズルのピースのようにぴしっと収まっている。それなりに音楽的起伏はあるものの、ある意味予定調和の極致のようなところがあって、「マイルス・デイヴィスの音楽」としては優れているが、ジョン・コルトレーンなり、ビル・エヴァンスなりといったサイドメンの個性はあまり表に出ていない(あんなに生気の無いウィントン・ケリーも珍しいと思う)。

一方Milestonesは実にいい加減で、統一感は全くないのだが(ピアノ・トリオだけの演奏もあるし、そもそもピアニストのレッド・ガーランドがマイルスと喧嘩して帰ってしまったので、仕方なくマイルスがピアノを弾いている曲すらある)、追い詰められたせいかマイルスも気合を入れてトランペットを吹いているし、全体に自由というか無鉄砲でヤクザな空気がみなぎっている。加えて異物感というのか、キャノンボール・アダレイがあまり空気読めていないので、場違いな感じでぶりぶりアルトを吹き倒していて楽しい(ちなみにキャノンボールは実は繊細で頭の良い人だったので、Kind Of Blueではちゃんと空気を読んでしまい、変に縮こまってしまってしまっているような気がする)。

どんな音楽でも何度か聞けば覚えてどのみち予定調和になるだろうという考え方もあるだろうが、そもそも強力な個性があるというか、根本的な方向性がズレている場合、何度聞いてもスリルはあまり減衰しない。そして、ここが重要なのだが、にも関わらず全体としてはちゃんとまとまりはあるのである。各個人が好き放題やっているのになんとなくまとまっている、というのが、別にジャズに限らず私の理想なのだが、でも一糸乱れぬ統制が良いという人が多いんでしょうね。最近著作権法改正や児童ポルノを巡る議論で痛感したことでもある。

何が言いたいかというと、ジャズが好きですとかマイルスが好きですとかいう人には、Kind Of BlueとMilestonesのどちらがお好きですかと聞いてみろということと、そこでMilestonesが好きという奴に遭遇したら、そいつはたぶんわたくしのように面倒くさい野郎に違いないので、 全力で逃げろ ということですよ。

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